あれはまだ20代前半の頃。前職に就いて数年経ったある日のこと。
係長は言った。
「○○君。嘆けよ。いいか、嘆くんだかんね?」*1
僕は係長が何を言っているのか、よく分からなかった。
悲しくもないのに泣けと言われても。
あれから20数年。
最近になってあの意味がわかった。
仕事でも私生活でもそうだけれど、人生いいことばかりではない。むしろ、悪いことの方が多いように思える。順風満帆に生きていければと思いたいけれどそうはいかないのだ。
毎日のように嫌な事もあれば、つらい事だってある。
そんな時こそ、「なけ」と言っていたのである。
嫌なことがあった時、辛い時、自分一人で抱えるな、そう言っていたのだ。
遠慮せず気を使わず「なけ」と言っていたのだ。
それに気が付いた時、心がすぅーと軽くなった。
誰にも相談できず、誰にも助けてもらえない。そんな人は多いかもしれない。
そんな時は「嘆け」である。
「嘆いたところで何も変わらない。むしろ後ろ向きな気持ちになるから嘆かない方が良い」
なんて言う人もいるかもしれない。
しかし人間は弱い生き物である。なきたいときは泣いてもいいのではないか。
思いっきり嘆いてもいいのではないだろうか。
後から知ったのだが、当時、係長が「なけよ」と言ってくれた時、係長のとある同僚が自ら命を絶ったということだった。
もしも「ないて」いたら、彼は思いとどまることができたのかもしれない。
あの時「なけ」と言ってくれた係長はとうに定年退職していた。
「なけ」の本当の意味は聞かず終いだけれど、それで救われた自分がいる。
今自分にできるのは、同じように一人で悩む者に「なけよ」と声を掛けることだ。
そう、あの日係長が声を掛けてくれたように。
*1:I 県では嘆くことを「なく」と言う地域がある